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札幌地方裁判所 昭和59年(行ウ)8号 判決

札幌市中央区北一条西7丁目 広井ビル3階

原告

廣井淳

右訴訟代理人弁護士

廣井喜美子

越前屋民雄

澤野正明

札幌市中央区北一条西10丁目

被告

札幌中税務署長

右指定代理人

菊池至

外3名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が原告の昭和57年分所得税について,昭和58年8月22日付でした更正(ただし,確定申告により確定した所得金額を超える部分)及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

2  被告が原告の昭和58年分所得税について,昭和59年10月22日付でした更正(ただし,修正申告により確定した所得金額を超える部分)及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  昭和57年分について

(一) 原告は昭和58年3月,昭和57年分の所得税につき,左記のとおり青色の確定申告をした。

総所得金額 35,027,816円

(内不動産所得の金額 6,325,661円)

納付すべき税額 10,516,300円

(二) 原告の右確定申告に対して,被告は,左記の点を理由として,昭和58年8月22日付をもって,不動産所得の金額を7,164,421円(838,760円増),新たに納付すべき本税の額を189,200円と更正し,過少申告加算税9,400円の賦課決定をした。

① 所得税法97条に基づき,合算対象世帯員(廣井喜美子)の有する資産所得(不動産所得838,760円)を主たる所得者(原告)が有するものとみなして,所得税の額を計算する。その結果,納付すべき税額は10,705,500円となり,189,200円で過少申告である。

② 合算対象世帯員の有する資産所得を含めて,適法に所得税の額の計算による確定申告が行なわれなかったことについて,正当な事由がないと認められるので,過少申告加算税を賦課決定する。

(三) しかしながら,被告の右更正は,違憲の規定を根拠とするものであり,又はその適用を誤ったものであって違法であり,右賦課決定は,違法な更正を前提とするものであるから違法である。

2  昭和58年分について

(一) 原告は昭和59年3月,昭和58年分の所得税につき,法定期限までに青色の確定申告をし,さらに同月31日左記のとおり修正申告をした。

総所得金額 33,084,227円

(内不動産所得の金額 5,933,462円)

納付すべき税額 10,755,600円

(二) 原告の右修正申告に対して,被告は,前同様の理由から,昭和59年10月22日付をもって,不動産所得の金額を6,876,022円(942,560円増),新たに納付すべき本税の額を267,300円と更正し,過少申告加算税13,000円の賦課決定をした。

(三) しかしながら,被告の右更正は,違憲の規定を根拠とするものであり,又はその適用を誤ったものであって違法であり,右賦課決定は,違法な更正を前提とするのであるから違法である。

よって,原告は1及び2の各(二)記載の各更正(以下「本件各更正」という。)並びに各賦課決定(以下「本件各決定」という。)の各取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中,(一)及び(二)は認め,(三)は争う。

2  同2の事実中,(一)及び(二)は認め,(三)は争う。

三  被告の主張

1  原告と訴外廣井喜美子(以下「訴外喜美子」という。)は,生計を一にする夫と妻である。

2  昭和57年分について

原告と訴外喜美子の昭和57年分所得税の確定申告の内容は,別表(一)の各「確定申告」欄記載のとおりであるところ,その各総所得金額から所得税法(以下「法」という。)96条2号所定の各資産所得の金額を控除した金額を比較すると,その額が大きいのは原告であるから,原告が法96条3号の主たる所得者に該当し,他方,訴外喜美子は配偶者控除の額290,000円を超える不動産所得の金額838,760円を有しているから,同条4号の合算対象世帯員に該当する。したがって,法96条ないし101条の世帯員が資産所得を有する場合の税額の計算の特例(以下,これらを総称して「合算課税制度」という。)の規定により,原告の納付すべき税額は,主たる所得者である原告のみなし総所得金額35,866,576円(原告自身の経所得金額35,027,816円と合算対象世帯員の資産所得の金額838,760円との合計額)をもとにして法98条1項1号,同条2項1号所定の方法により,それぞれ按分計算すると,別表(一)の「更正」欄記載のとおり10,705,500円となる。

3  昭和58年分について

原告の昭和58年分所得税の修正申告及び訴外喜美子の同年分確定申告の内容は,別表(二)の「修正申告」欄及び「確定申告」欄記載のとおりであるところ,その各総所得金額から法96条2号所定の各資産所得の金額を控除した金額を比較すると,その額が大きいのは原告であるから,原告が法96条3号の主たる所得者に該当し,他方訴外喜美子は配偶者控除の額300,000円を超える不動産所得の金額942,560円を有しているから,同条4号の合算対象世帯員に該当する。したがって,合算課税制度により,原告の納付すべき税額は主たる所得者である原告のみなし総所得金額34,026,787円(原告自身の総所得金額33,084,227円と合算対象世帯員の資産所得の金額942,560円との合計額)をもとにして法98条1項1号,同条2項1号所定の方法により,それぞれ按分計算すると,別表(二)の「更正」欄記載のとおり,11,022,900円となる。

4  よって,本件各更正は適法であり,本件各更正による納付すべき税額(別表(一)及び(二)の「増減差額」欄の各⑯記載の金額)に国税通則法65条1項の規定により100分の5の割合を乗じた過少申告加算税を賦課した本件各決定も適法である。

四  被告の主張に対する認否

被告の主張1ないし3の事実は認めるが,同4の主張は争う。

五  原告の反論

1  法令違憲

合算課税制度は,憲法13条,14条1項,24条及び29条に違反しており無効である。したがって,右違憲の規定を適用してなされた本件各更正及びこれを前提とする本件各決定はいずれも取り消されるべきである。

(一) 課税単位の違憲性

合算課税制度は,その担税力を世帯単位で測定しようとする制度である。しかし,憲法13条では個人の尊重がうたわれ,同29条では個々の国民に財産権が保障され,また,旧来の家の制度が廃止されて,同24条に示すとおり家族生活においても個人の尊厳と両性の本質的平等が保障されている。右のような憲法の規定からすれば,租税法の分野における個人を課税単位とする個人主義の原則は,そもそも憲法の要請するところであるといえ,したがって,世帯単位で課税単位を考える現行合算課税制度は違憲である。

(二) 夫婦間の合算の形式的違憲性

憲法24条は,同13条,14条を受けて個人の尊厳と両性の本質的平等を宣言し,それを受けて民法762条は夫婦別産制を採用した。このことからも,国家は課税の場面においても夫婦の財産を区別して取り扱うべきであり,そうしなければ,夫婦の一方をあたかも他方の従属物であるかのごとく扱うこととなる。したがって,夫婦の一方の所得が他方の所得に合算されてしまう取扱い自体憲法23条違反である。

(三) 夫婦間の合算の実質的違憲性

甲(男,主たる所得者),乙(女)の夫妻が存在し,甲乙は各々自分の所得で不動産を購入し,これを賃貸したと仮定する。すると,甲乙の右の賃料収入については合算課税制度が適用になり,甲は右制度の適用により,甲乙が夫妻でなかった場合に比し,より多額の税の支払いを余儀なくされる。すなわち,甲は乙の収入に対する税まで負担させられるという意味での不合理がある。

更に,合算課税と累進税率とを結び付けることにより,甲乙が各々独身である場合に比して,婚姻している場合の方が,その合計額において,原則的かつ必然的に租税が増加するという効果が生ずる。このような不利益をもたらす例外規定が正に婚姻共同体に向けられている点において,合算課税制度は婚姻に対する規制として働き,憲法14条1項及び24条に違反する。

一方,甲は,乙が資産をあげなければより少額の税負担ですんだはずだから,乙に対し,その資産所得に干渉することとなる。したがって,合算課税制度は甲による乙の人権侵害をもたらす制度である。特に,右のように乙が女性であるケースが多いのが実状であり,女性の右人権を侵害することとなるから,合算課税制度は女性の地位向上に努力してきた近代法制の歴史に逆行する女性差別の制度であって,憲法13条,14条1項,24条及び29条に違反するものである。

2  適用違憲

(一) 仮に,合算課税制度がその制度自体合憲であるとしても,右制度は憲法13条,14条1項,24条,29条に規定されている各人権を制約する制度であるから,右各人権を必要最小限度制約する合理的な理由がある場合に限り,合憲として許されるものと限定的に解釈し,適用されるべきである。

(二) 合算課税制度の立法趣旨は,被告の主張によれば,後記五1の(一)ないし(三)の点にあるが,現実に(三)の前提が存しない場合には主たる所得者に担税力の増大は考えられないのであるから,(一)のみで主たる所得者により重い税を課することの理由にはならない。したがって,合算課税制度適用にあたり,同(二)の趣旨の潜脱のおそれのないこと,(三)の世帯主の権限が存しないことが明らかになった場合には,もはや合算課税制度を適用する前提を失うことになる。

(三) これを本件について見ると,本件各更正において合算の対象となった訴外喜美子の不動産所得は,以下のとおり訴外喜美子の弁護士業務による収入で購入した不動産の賃料収入であり,原告が合法的に資産を訴外喜美子に分散した等の事実は存しない。

① 訴外喜美子は,昭和31年6月札幌弁護士会に弁護士登録をし,爾来弁護士として今日に至っている。

② 訴外喜美子は,昭和49年3月28日札幌市豊平区月寒東二条16丁目41番24,宅地290.79m2,同所42番48,31.72m2の土地を,訴外北海道土地株式会社から代金10,408,000円で買い受け,所有権を取得した。右の代金は弁護士業務により得た所得の蓄積の中から支払われたものである。

③ 訴外喜美子は昭和57年2月右土地の内,243.05m2を訴外共同石油株式会社に対してスタンド用地として賃貸した。本件各更正において合算の対象とされた訴外喜美子の不動産所得は,この賃料収入によるものである。

(四) また,原告と訴外喜美子は,生活等共同の費用は別として,各人の名で得た各人の財産は各人がこれを管理処分しているものであって,原告には訴外喜美子の資産所得を処分する権限は全く存しない。

(五) 以上のとおりであるから,本件各更正は,合算課税制度を適用する前提を欠き,適用違憲である。

六  原告の反論に対する被告の認否

原告の主張中,2(三)の①及び③の事実は認める。同②のうち,当該土地の取得代金が訴外喜美子の弁護士業務から得た収入の中から支払われたとの点は知らないが,その余の事実は認める。2(四)の事実は不知。その余の主張はいずれも争う。

七  被告の再反論

1  合算課税制度の立法趣旨

合算課税制度は,租税法の基本理念である担税力に応じた「租税負担の公平」を実現するため,以下のような趣旨から,個人単位課税の仕組みを採る我が国の所得税制度の例外的課税措置として,創設されたものである。

(一) 個人単位課税方式のもとで,累進税率を適用すると,資産所得について同一金額の所得のある夫婦世帯であっても,夫のみがその所得を有する場合と,夫と妻がそれぞれその所得の一部ずつを有する場合とでは,後者の方が税額が前者の方に比べて相当低額となる。しかし,資産所得にあっては,給与所得のように所得を得るための経費等担税力の減退を来すべき理由がないのであるから,かかる結果は,租税公平負担の見地から,不合理である。

(二) 資産所得は,生計を一にする世帯員に資産を分割することによって,その分散を図り,租税負担の軽減を図ることが客易である。この場合,不当に租税の負担を回避するため,単に資産の名義だけを変更したようなものに対しては,実質課税の原則を適用することによって租税負担の公平を期することができるとしても,真実許された方法で,名実ともに資産を分割して租税負担の軽減を図ることも法律上可能である。これに対し,勤労所得にあっては,それが勤労という個人の労働から生ずる所得であるがゆえに分散できないため,両者の間に租税負担の不公平を招来することとなる。そして,親族間における資産の取引か,相互の対抗意識や権利意識が希簿で法的形式等も不明確な事情の下に行なわれる実状に鑑みれば,毎年回帰的に,かつ短期間に大量の処分を限られた陣容で処理しなければならない税務行政の実状に照らし,右のような資産の分割が単なる名義上にとどまるものであるか否かを個々の事案につき具体的に認定することは,不可能に近く,右は租税公平負担の見地から見て,到底看過しえない。

(三) 資産の分割が単なる名義だけにとどまるときはもとよりのこと,たとえ名実ともに行なわれたり,また,当初より主帯員が自己の固有財産として当該資産を取得したときであっても,生計を一にする合算課税制度適用範囲内の親族間においては,その緊密な経済的協力関係から,少なくとも資産所得に関する限り,世帯主が世帯員のそれを管理,処分したり,一旦緩急ある場合には,世帯員が自ら自発的に共同生活のため提供するのが,我が国における一般の実情である。

2  憲法違反の主張に対して

(一) 所得税の課税単位の問題は,各国の立法例も分かれているように簡単に決められるものではない。憲法84条は租税法律主義の原則を規定し,どのような租税体系により租税を賦課徴収するか(納税義務者,課税対象,税率,納付手続等)については,法律の定めるところに委ねている。したがって,どのような租税体系を組むかは,立法府の合目的的な裁量に委ねられ,その判断は当不当の問題として政治問題となることはあっても,それが直ちに違憲の問題を生じることにはならない。合算課税制度は,憲法84条の趣旨を受け,前記1の立法趣旨から極めて合理的に制定されたものであるから,具体的な税額計算の定めに関する立法政策上の問題に過ぎず,憲法問題を生ずるものではない。

(二) 憲法の保障する基本的人権も絶対無制限に保障されるものではない。合算課税制度は租税負担の公平を期すという公共の福祉のために創設された合理的な制度であるから,原告の主張する憲法の各条項には反しない。

(三) 法97条の規定は,単なる税額計算の特例に過ぎず,原告の主張するように,夫婦の一方を他方の従属物と擬制するものではないから,憲法24条2項の両性の本質的平等に反しない。

また,右の規定が合算対象世帯員の資産所得を主たる所得者の所得とみなすと言っているのは,単なる税額計算上の擬制に過ぎず,世帯単位の担税力に応じた税額の計算方法であるから不合理とは言えない。

第三証拠

証拠関係は,本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因1及び2の各(一),(二)の事実並びに「被告の主張」の1ないし3の事実は,すべて当事者間に争いがない。

二  そこで,夫婦資産の合算課税制度(法97条1項1号)が憲法違反であるとの原告の主張について判断する。

1  租税法律主義について

憲法は,13条に個人の尊重,14条に法の下の平等,24条に両性の本質的平等,29条に財産権の尊重を定める一方,84条で租税法律主義を定め,租税に関する事項は法律に基づいて定められるところに委ねている。(最高裁昭和30年3月23日大法廷判決,民集9巻3号336ページ参照)。その趣旨は,一国の租税体系が,当時の国の財政状況,その後の景気の見通し,国民の生活状況,国民所得の分配状況等,極めて複雑な多数の要素を総合的に考慮した上,その時代の社会,産業政策に則った高度の政治的判断を経て初めて策定しうるものであるがゆえに,立法府の合目的的裁量判断に委ねなければ,到底統一的租税制度の定立は不可能と考えられたためと解される。したがって,いかなる租税体系を組むかは立法府の裁量に委ねられ,裁判所も第一次的にはその裁量判断を尊重すべきであって,当該租税法規の目的に合理性が認められず,あるいはその適用の結果が憲法の諸原理に照らして,その許されるべき限界を越えているなどの場合を除き,違憲の問題を生じることはないものと解すべきである。

2  そこで,夫婦資産所得の合算課税制度の合理性について検討する。

成立に争いのない乙第4,第5,第6号証及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これを覆すに足りる証拠はない。

(一)  社会生活は一般に,夫婦を中心とする消費世帯を単位として営まれており,所得税の課税単位を,所得を稼得する個人ごとに考えるべきか,あるいは消費生活を同じくする世帯ごとに合算して考えるべきかは,諸外国においても立法例の分かれている困難な問題である。

(二)  我が国では,法97条1項1号で夫婦資産所得の合算課税制度が採られているが,その立法経緯は,昭和31年12月25日の臨時税制調査会の答申に基づいて制定されたものである。右答申は,右制度の採用を勧告する理由として,おおむね以下のような点を指摘している。

(1) 現在の所得税制は,所得を稼得する個人を課税の単位としてとらえ,その所得に対して累進税率を適用することとしている。ただ,個人が世帯で生活を営んでいる事実を配慮し,①個人が事業を営むときは,生計を一にする配偶者等が右事業から給与等を受けているときでも,その所得について世帯員たる配偶者等には課税せず,事業を営んでいる主人の所得に合せて課税することとしている。これは,事業を営む主体は,個人個人ではなく,むしろ世帯自身であるという状況に着目してとられた制度である。また,②扶養親族に認められる扶養控除等も個人が世帯で生活を営んでいることに着目している制度である。このような,所得税の課税単位の取扱いについて,担税力に応じて所得税を負担するという見地から,次の(2),(3)の問題がある。

(2) 一つの世帯に1人の所得者がある場合と,2人以上の所得者がある場合とでは,その世帯の所得の総額が同額でも,累進税率の構造上,所得税負担総額は後者の方が前者よりかなり少額となり,担税力という見地から見る場合,後者の負担が軽すぎる。夫婦共稼ぎの場合には,それに応じて特別の費用もかかり,生活の不便も多いことを考慮しなければならないが,資産所得の場合には,特別の担税力の減退もないから,このような所得税の差異が適当か疑問なしとしない。

(3) また,世帯主の資産の名義を世帯員の所有に変え,資産所得を家族の間に分割することによって,税負担を軽くすることができる。世帯員の資産所得は名義のいかんを問わず,通常世帯主が自由に処分できるのが我が国の実情であって,単に名義を分割することにより,負担の軽減となるのは不合理である。

(4) したがって,資産所得については,世帯を課税の単位とし,同居親族の資産所得は合算して累進税率を適用することとした方が,かえって担税力に応じた公平な負担になる。

(三)  昭和32年3月12日に行なわれた大蔵委員会においても,資産所得合算課税制度を導入する法律案の趣旨について,課税を担税力にマッチしたものとするように改正したい旨の説明がなされている。

以上によれば,夫婦資産所得の合算課税制度が導入された趣旨は,租税回避行為の防止という一面を有するとともに,生活単位としての夫婦に着目し,担税力に応じた公平な租税負担をその主眼としたものと認められ,このような趣旨に基づき立法府により採られた法96条ないし101条の各規定中,生計を一にする夫婦の資産所得を合算して税額を算出するとの規定には合理性が認められる。

3  原告の法令違憲の主張について

原告は,夫婦資産所得合算課税制度は憲法13条(個人の尊重),14条(法の下の平等),24条(両性の本質的平等),29条(財産権の尊重)に反すると主張するので,以下に検討する。

(一)  課税単位の違憲性の主張について

原告は,憲法13条,24条,29条によれば,租税法の分野においても個人を課税単位とするのが憲法の要請するところであると主張する。しかしながら,右各規定は,あらゆる場面での個人主義の貫徹を要請するものではなく,特に租税の分野では,前記のとおり,合目的的観点からの要請に基づく立法府の広い裁量が認められているのであって,夫婦資産所得の合算課税制度は前記のとおり担税力に応じた租税負担の公平を期するという合理的な制度であるから,右の各条項に反するものではない。

(二)  夫婦間の合算の形式的違憲性の主張について

原告は,妻の所得を夫の所得とみなす法97条の思想は,夫婦の一方を他方の従属物と擬制するものであって,憲法24条に違反すると主張する。しかし,法97条,98条は,担税力に応じた租税額の算定手段として,夫婦の資産所得の合算額に税率を適用するとの計算方法を定めたに過ぎず,これらの規定が夫婦の一方を他方の従属物とみなす趣旨を含むものでないことは明らかであるから,憲法24条には反しない。

(三)  夫婦間の合算の実質的違憲性の主張について

原告は,夫婦資産所得合算課税制度により,その対象となる夫又は妻が,対象とならない独身者に比し不利益に扱われ,また,これによって,夫婦の一方が他方の資産所得に干渉するという人権侵害を招くから,憲法14条1項,24条に違反すると主張する。しかしながら,右の差異は,夫婦と独身者においては,その消費生活単位を異にするがゆえに担税力に差異が存することに由来する合理的な差異であり,また,これによって,一方が他方の財産に干渉することが一般的であるとも認められないから,憲法14条1項,24条に違反するとは言えない。したがって,原告の法令違憲の主張は理由がない。

4  原告の適用違憲の主張について

原告は,夫婦資産所得の合算課税制度の適用にあたり,資産分割による租税負担軽減のおそれが存しないこと及び世帯主が世帯員の資産所得を事実上管理,処分する権限を有しないことが明らかになった場合には,もはや合算課税制度を適用する前提が失われるから,このような場合にまでこの制度を適用することは,憲法に違反すると主張する。しかしながら,右の制度は,前示のとおり,租税回避の防止という一面を有するとともに,世帯を課税単位とすることによる担税力に応じた公平な租税額負担という立法目的を有するものであるから,租税回避のおそれがなく,世帯主による事実上の処分権が存しないことが明らかとなった場合にも,なお合理性を有する制度と言わなければならない。

したがって,原告の適用違憲に関する主張は,夫婦資産所得の合算課税制度の立法趣旨に関し,当裁判所とは異なる前提に立つものであって,右主張も採用できない。

三  以上によれば,法97条1項1号は合憲であり,これを本件に適用してなされた本件各更正は適法であり,これに基づく本件各決定も適法である。

四  以上の次第で,原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原健三郎 裁判官 北澤晶 裁判官 秋吉仁美)

〈以下省略〉

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